自分をあきらめる

「自分をあきらめる」って
少しネガティブな印象ですね。

市場経済の中で
多くのセミナーとかワークショップは
「今よりも輝く」
「自己成長」
「潜在能力を高める」
とかポジティブなものが人気です。

もちろん、それもある意味正しいのですが
陰陽のバランスから考えると
そこにばかり注目しないでいいのかもねって思うことを書いてみます。

木々は季節になれば発芽し、成長しますが
冬は枯れているみたいにも見えることもあります。
生きている限り、自然や周りの環境に従って、自然と元気にみえるときもあれば
活動を停止して元気にはみえないときもあります。
それが当たり前のことなのに
私たちはというと

常に輝くこととか自分が少し特別な人であるとか思いたがる厄介な生き物

それが根底にあるので

怠け者はダメだとか
お年寄りや障害者や気持ちの弱い人が弾かれたりしてしまう気がするのです。

前向きでない人も
悪いことばかりしてしまうダメな人も

全部あって社会をつくることができたらなと思います。

身体で言えば
不調なところがあってもいいという考え方です。

全部がデータからみた健康な状態の人ばかりで
みんな平均点以上の世の中なんて
つまらないし
怖い

もちろん、犯罪を犯すような人は社会全体で見張り見守らないとだめだけど
それを無くす
まるで身体からガン細胞のようなだめなものを切り取るように。。。って言うのは。。。
そんな感じには少し違和感があります。

そんな社会に対して、まず手始めとして私ができることは。。。

時には
自分自身に対しても
何もなくても、輝いていなくても、人に迷惑ばかりかけても
自分のことばかり考えて他人に優しくない
本当にダメな奴、いやな奴だけど
それでも頑張って生きている
それだけですごい!
自分は生きている価値があるって
「自分をあきらめる」ことが大切だと思うのです。

全然社会に対して貢献していないかもしれない自分を許すことができたら
何もできない他人も許すことができるのだと思うので

私ももっと優しくなれるのかなって思っています。

でも私にも誰かに認めて欲しいっていう承認要求があるので
「自分をあきらめる」って
結構怖いのですけどね(^▽^;)


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